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くしゃみしたらヘッドホンはずれた
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えー。
何かに導かれるようにして始まった三池祭。元はといえば映画エントリがついに100ってところで何も考えず「じゃ三池で!」と宣言した直後に「誰も知らない」を観てしまい、この映画について何も書かずにいるなんて出来ないけど後に置いといたら絶対言う事忘れる!という焦りからむりくりエントリ減らしてカウントダウン方式にしたという話だったわけですが。

しかして始まった祭の初日が「牛頭」ってのが粋じゃーありませんか。


Vシネ(映画館で上映されてはいない)にも関わらずカンヌ国際映画祭に正式招待されたという異例の経歴を持つこの映画、「極道恐怖大劇場 牛頭」は、映画?結構好き。という人種の中で、更に「フォレストガンプ」「ニューシネマパラダイス」「マディソン郡の橋」とかではなくて「フライ2」「ゾンビ」「スターシップトゥルーパーズ」「死霊のはらわた」などを好んで観るタイプの人達の間では割かし有名な映像作品であります。
何故って、まあ単純に頭おかしいからなんですけど、ただ頭おかしいだけの映像作品なら巷に溢れ返ってるわけで、この作品は頭おかしいながらも頭おかしい世界は頭おかしいなりに何だかちゃんと成立しているところがおかしいわけで、完全に気が触れた兄貴(任侠的な意味で)のナビによって頭おかしい世界に入り込むを余儀なくされた至極まっとうな精神世界を持つ主人公が頭おかしい世界の住人に脳髄を揉まれて、結果その世界から逃げるのではなく、飲み込まれるのでもなく、新たな自分の世界を形成するに至るまでのビルドゥングスロマンであり言ってみればこれは三池流「不思議の国のアリス」なんだよ!

って言ってる私を信用してこの映像を見ちゃった人はきっと凄い怒ると思うな。と軽く予想がついちゃうあたり我ながら残念です。
いやいや素直で真剣な感想なんですよこれは…


で、この話の軸は二本あって。それは


「きちがいのアニキ・哀川翔」と「きちがいの地・名古屋」
です。

親父(任侠的なry)のお供で喫茶店に来たヤクザ達。
その中でただ一人、アニキ(哀川翔)が窓の外で談笑している主婦と彼女が連れているチワワに穏やかならぬ視線を向けている。
暫しして親父に彼はこう耳打ちする。

「親父、下がってください。あの犬はヤクザだけを殺すよう訓練された、ヤクザ犬(けん)です。」

そしておもむろに店を出るアニキ(哀川翔)。
躊躇いなくチワワに歩み寄ると、それを掴み、地面に何度も叩きつける。
そして喫茶店の窓硝子にチワワ投げつけフィニッシュ!
血を噴き出し息絶えるチワワ(死骸)。
窓硝子を伝う血の向こうで狂気の笑みを浮かべるアニキ(哀川翔)。
戦慄する親父。


始まりがこんな具合ですから、この映画の狂いっぷりは推して知るべしです。


「あいつは完全にきちがいだから、このまんまあいつを飼ってたら俺の命が危ない」と考えた親父はアニキ(哀川翔)の弟分(主人公)を呼び出し、アニキ(哀川翔)を「ヤクザ処理場」へ連れていくよう命じます。
そんな奇怪なものが一体どこに…?



そりゃ名古屋ですよね。



という流れできちがい(哀川翔)と被害者(主人公)のロードムービーが始まるのですが…
いわばきちがいの地・名古屋(念のため言っておきますがこれはあくまで劇中の名古屋がアウターゾーンであるとゆーことで実際の名古屋がきちがいだの何だのと思っちゃいませんよ私は 手羽先だいすきフリスキー)へと主人公を導く時計うさぎと言っても過言ではないアニキ(哀川翔)はドライブもそこそこに後続車を見て目の色を変え「あれはヤクザを殺すために作られたヤクザ車(カー)だ!」(またか!)と暴れた挙げ句頭打ってご臨終。
んで主人公が混乱したままとにかく落ち着こうと喫茶店(先客に間寛平と木村進という狂いっぷり)で一服している内に車中の死体が消失。 え!死んでたよね!?生きてた!?まさか!?でもじゃなんで消えるんだ!と混乱するものすごい可哀想な主人公。

きちがいの地・名古屋にきちがいのアニキ(哀川翔)を放流したとなればあまりにもまずい!慌てて地元のご同業(顔が半分白い火野正平)に協力をあおぎ、アニキ(哀川翔)(死体)探しが幕を開ける!


あ、ここらへんで漸く半分くらいです。
顔の半分白い火野正平でも見ながら一服してください。

1584261884.jpg
お疲れ様でした。


んで唐突に私自身の話をしますが。
今私が悩んでるのが「果たしてラストまでネタバレしても良いものか」つー事でね。
良いものかって、そりゃ良くないですよ。
私の住む世界ではネタバレした者は万死に値するという掟がありますから。
ネタバレのネの字でも口にした日には白い目で見られたくないなら死ね、口を滑らした己を恥じながらな!と罵られながら右の眼球を金属の棒でぐりぐりされる世界で生き延びて来ましたから。
しかし私が何よりこの映画、この「牛頭」について指摘したい箇所ってのがもうネタバレせずには説明できないんですよねー…
どうしたもんか…


まー…とりあえず言ってみますよ。ネタバレ抜きで。
この物語はですね。



男と男のラブストーリーです。


…もちろんアニキ(哀川翔)と主人公の、です。
火野正平は当て馬です。顔が半分白い当て馬。

つーても
「あのシーン絶対監督狙ってるwwwwwwww」
「腐女子ホイホイwwwwww」
「あの色気には中の人もメロメロに違いない!」

みたいな妄想の産物ではなく
これはもうはっきりと提示された展開の一つですから。
私の腐女子アンテナがひときわ高機能とかそういう事じゃなく。


三池崇史監督という人は極めてホモソーシャル(男の世界)を描くのが得意な人で、作品のうち大半に必ずヤクザか不良が絡むと言っても過言ではなく、特に「かっこわるいヤクザ」を使うのがとにかく上手くてそーゆーのを描かせるとこの人の右に出るもんはいねーなと私は勝手に思ってるんですが。

しかし例外的なのは、そういったホモソーシャルでの男同士の関係、いわば最も恋愛から遠いがゆえに固く魅力的な関係性が、この人の作品世界では時折あまりにも無邪気に恋愛へ転化してしまう点にある。
以前書いた「46億年の恋」はその最たるもので、三池監督はこの作品を「男同士の『愛と誠』」と公言している。(ちなみに「牛頭」のコンセプトは「デヴィッド・リンチがVシネを撮ったらどうなるか」)

んで、「46億年の恋」では近未来の牢獄という隔絶された(女を排除した)世界と、松田龍平というユニセックスな俳優を使う事でその違和感を薄めていたんだけど、「牛頭」では更に直接的で簡潔で、あっと驚くようなアイデアで男同士の恋愛を合理化しているのだ!…のだ!って感じでもないか。
まあ、それがいかなるアイデアかってのは実際に映画を観て確認していただいてですね…念のため言っておきますと全然ウホッな映画じゃないですからね。ただいつもの三池映画と同じように、この作品が義侠心的な男と男の魂のつながり無くしては成立し得ないというだけでね。



とにかくですね。
この映画。
牛頭をですよ。
観るべきか観ないべきかっつったら絶対観るべきなんですよ。
ただ。
ただですよ!
私今から凄い事言いますよ!






面白くはないかもしれない…





いや私には最高に面白いんですが…
「面白いよ!」とはとてもじゃないが言えない。
「ばかばかしいよ」とか「奇妙だよ」とか「下品だよ」とか
そういう賛辞なら何ダースでも用意できるんだけど…

ただ、この三池崇史という監督に興味を持ったそこのあなた!
アリスのように、新しい世界を覗いてみたいそこのあなた!
キチガイ帽子屋ならぬきちがいアニキの道行にも振り落とされず、最後までついて行ったならそこには衝撃の、口あんぐりエンディングがあなたを待ち受けています。

少なくとも、私はこの映画大好きです!
オススメー!



関連エントリ

愛と誠ってこんな話なのか…(多分全然違う)
失敗だけど嫌いじゃない 「46億年の恋」

三池祭第二夜 「大阪最強伝説 喧嘩の花道」
三池祭第三夜 「龍が如く 劇場版」
三池祭第四夜 「 DEAD.OR.ALIVE2~逃亡者」
三池祭最終夜 「オーディション」

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相も変わらず邦画ラッシュですが…いやいや洋画も観てないこた無いんですけどね。30デイズとか…あ寝たわ。あと96時間…あこれも寝たわ。何じゃいそりゃ!(自分に)

で、「南極料理人」ですが。
別にストーリー云々についてぐだぐだ言う映画じゃないんで、感想って程のもんも無いんですけど。何て言うかこう、非常に邦画らしいと言いますか。
まあコントみたいなもんですよ。

あらすじ
南極観測隊の料理係として派遣された男が、一年ちょっとの間奇妙な仲間達の料理をひたすら作る中で、メンバーと交流を深めて行くお話。

んでまあこの主人公の作るお料理が美味しそうでねー。というのがこの映画のキモで、後はひたすら奇妙な人達が奇妙な振る舞いをするのを観客はただ見る、という…ただ別につまんなくはないし、観ていて不愉快にもならないので多分悪くない映画なんでしょう。
結構笑ったし。少なくとも「かもめ食堂」のようなエセロハス臭は無い。
観測隊のキャスティングも悪くなかったです。特にきたろうと豊原功輔が良い。

で、この映画気になる事が一つあって。


とにかく料理は美味しそうなんですよ。別に珍しい料理じゃないんだけど、もうおにぎりとかがあざといまでに美味しそうなんですよ。仕事の後観に行ったから(時間ギリギリで走ったし)お腹空いてるところにあんなの見せられてほんと拷問。つーか何度もお腹鳴った。

なのに登場人物誰一人として「美味しい」って言わないの。


これ凄い気になる。いや、だから良いとか悪いとかじゃなくてね。食べたら言うでしょ「美味しい」って。特に美味しくなくても言ったりすんのに私とか。あんなに美味しそうで、映画的にもそこに重点置いてる筈なのに!
でも誰も言わない。

いやー。不思議だ。不思議だった。

んで、その代わりってのも変なんだけど、その観測隊の人達が物凄いガツガツ食べるんですよね。
寸暇を惜しむように、口一杯に入れて食べる。
だからまあ、言葉はいらないって事かもしんないですね。
本当に美味しい時は声なんて出ないよ!とかそういうあれかもしんない。


まあ、嫌味の無い映画でした。ただ本当に、何も事件が起こらないのでなんつーか。ノーリスク過ぎるだろ。とは思った。
だって美味しそうな料理って嫌いな人いないもんね。



出てんだろうなーと思ったら案の定出てて
「ナーイス商魂」と感心したけど
考えてみたら別にレシピ必要なほどの料理は出てこなかったような。
…あ、伊勢海老のエビフライとか載ってんのかな?


映画カテゴリーにしていたいくつかのエントリを移動して映画エントリ100件目から逃れるという卑怯な手段を取ることで有言不実行さを声高に自己主張。
おこんちわ。
三池エントリはもうちょっと後です。えへ。


んで観たよ映画。
今回は「誰も知らない」。
母親に捨てられた子供たちの陰惨な日々を淡々と描いた作品。
主演の柳良優弥がカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したことで一気に注目を集めた。

前知識として、実際にあった事件を元にしているということは聞いていたが、今回映画を観て改めてその事件を調べてみた。
こちら→巣鴨子供置き去り事件
リンク先には結構しんどい事件の詳細が書かれているので、やな人は見ない方が良い。

この作品を観てまず印象に残るのは、子供たちの母親・けい子(YOU)を含む、作品に登場する大人たちの描写である。
母親のけい子は非常に利己的な人間で、長男の明(柳良優弥)以外の子どもたちを世間から隠して育てている。
明含め、4人の子どもたちはいずれも出生届を出されていない。戸籍上は存在しない子どもたちだ。
明以外の子どもたちには「決して部屋から出てはいけない」と言い聞かせ、買い物や料理などはすべて明に任せ、自分は仕事に出ている。
時折明に「好きな人ができた」と告げてはふいと出て行き、暫くして帰ってくる。
子どもたちはそんな身勝手な母親を心底喜んで出迎える。
そんな母親である彼女は、しかし子どもと接している時はとても仲が良い。子どもたちも母親を愛している。
彼女は子どもたちを虐げたりはせず、母親というよりは友人であるかのように 一緒に遊んで一緒にご飯を食べ、一緒に眠る。そして恋人が出来るとたちまちあっさりと家を出てしまう。
学校に行きたいと言う長女や明にも、彼女は甘ったるい、舌足らずな声でこう返すだけだ。
「学校なんて行っても全然楽しくないよ。学校行かなくたって、偉くなった人いっぱいいるでしょお。それにお父さんがいない子は、学校でいじめられちゃうよ。やめなやめな、学校なんて。」


生活費が底をついても母親が帰って来ないので、明は何とかして弟妹の生活を支えようとする。
かつて母を捨てた自分たちの父親(子どもたちは皆父親が違う)に金を無心し、コンビニの店員に頼んで賞味期限切れの弁当を貰う。彼らはある程度、優しい大人たちと言える。この作品の中には、子ども達に対して声を荒げたり、手を上げたりする大人たちは出てこない。
母親、父親たちはもちろん、直接子どもたちに関係はしていない隣人たち―管理人夫婦、コンビニの店員、グラウンドを眺めていた明を野球に参加させてやる少年チームのコーチ。
みんな優しい。
何故なら彼らにとって、子どもたちはおおよそ「自分に関係のない可愛い生き物」だからであって、作品に登場する大人たちの誰ひとりとして、彼らの命に責任を持とうとはしていないからである。

作品を通して、カメラワークは非常に淡々と スローに子どもたちの生活を追っている。
温かみを感じる構図と色合いの中にしばしば大人たちは加わり、そして出て行く。
野良猫に餌をやる大人たち。しかし誰も野良猫を抱いて家に帰ろうとはしないのだ。
毎日、決められた時間にきちんと餌をやり、世話をしようとはしないのだ。

例えば家賃の催促に現れた大家が、子どもたちの暮らす部屋の中をつぶさに観察していれば。
コンビニの店員が福祉課に電話を一本かけていれば。
父親たちが警察に通報していれば。
そうすれば子どもたちだけの生活は終わっていた筈だ。
しかし そうはならない。

何故ならこの物語は、「誰も知らない」物語ではなく、「誰も知ろうとしなかった」物語だからである。
子どもたちと行動を共にしていた近所の高校生、紗希を除いて、誰ひとりとして子どもたちに関わろうとはしなかった物語。


ではこの物語は、大人たちの無責任な態度を言及する映画か?と言われると、違う。と言わざるを得ない。
暖かい、ゆったりとした、穏やかなカメラワークには 責任の所在を追及するような感情は見当たらない。
ラストカットは、道を歩く子どもたちの背中である。洗い過ぎてぼろぼろになった服を着て、垢で汚れた手を足を動かして、並んで歩く子どもたちを映している。
感じるのは野良猫の生命力。
死ぬその日までは、ただ生きる。飄々とした軽い足取り。


生きる喜びも、死ぬ悲しみも、捨てられた怒りも 何もかも全て生命からは遠いところにある。
彼らの悲惨な境遇や生活、そして訪れた悲劇さえも「まだ生きている」という事実だけは、決して否定出来ないのだ。子供だけが持つ、自分自身の力で命を保てない者だけが持つ、よるべのなさが漂うラストシーン。

決して楽しい映画ではないし、個人的には好きな映画ではない。
ただ必見である。そういう意味でお勧め。



関連エントリ
この監督の最新作はこちら。こっちは大好き。
壮絶ホームドラマ 「歩いても歩いても」


映画エントリあと一つで100なんすよねー


さてそんな記念すべき99本目の映画は


「46億年の恋」


…ええー…(自分のチョイスに)

いや、まあ確かに傑作ではないけどね…つーか…うん別に面白くないよね…うんうん…つーかまあ…

なんつんだろう…これ…

やおい…ですよね…


【あらすじ】
とある刑務所内で殺人事件が発生。加害者・有吉(松田龍平)と被害者・香月(安藤政信)はいずれも殺人罪で入所した青年だった。有吉が香月に馬乗りになって、両手で首を絞めているところを看守が発見、捕獲。自供も取れている。しかし被害者の首に残るのは紐状のもので絞めた跡であった。犯人は別にいるのか?
有吉は誰かを庇っているのか。夢のように捕らえどころの無い刑務所の中で、刑事達は真実を見つけるために捜査を続けるが。

…てなもんや三度傘…

まずこの設定のガチさに衝撃を受けましょう。
刑務所!松田龍平と安藤政信!馬乗り首絞め!アッー!

ちなみにこの刑務所は「ショーシャンクの空」に出てくる刑務所じゃなくて「バタフライ・エフェクト」とか「プリズン・ブレイク」に出てくる刑務所だよ。新人が来たら「ヒュ~ウ」みたいなやつね。
んで勿論華奢でカワイスな松田龍平演じる有吉は苛められたりちょっかい出されたりするんだけど、そこを時々香月が助けてくれたりするわけです。この「時々」てのがポイント高いですね…この映画の安藤政信は何て言うか超かっこいいね。

いつともなく言葉をかわすようになった二人が、暇つぶしに運動場へ出るシーンがあるんだけど、そこでの会話が抜群に良い。かなり会話の少ない映画で、実質このシーンが香月と有吉がまともに喋ってる唯一のシーンじゃなかろうか。彼らは落ちていたペットボトルをボール代わりに、蹴ったり蹴り返したりしながら会話をする。
(この時、有吉はきちんと香月のいるところに届くよう加減して蹴っているのに 香月の蹴ったペットボトルはいつも飛びすぎて有吉を振り回しているのが面白い)


「どっちに行きたい?宇宙か 天国か」
「天国。・・・なんてもんがあるなら 宇宙」
「何で」
「そっちの方がヒト少なそうだから」
「宇宙人いるかも」
「いねえよ」
「じゃ天国は信じるんだ」
「お前がどっち行くって聞いたから答えたんじゃねーか」


「なんでヒトいるのがやなの」
「うっとーしい」
「…じゃ何でやるの」
「やんねーとイライラすっから」
「僕じゃダメなのかな そんだけのことなら」

「お前はどっちに行きたい」
「 天国かな」
「だからじゃねえかな」
「何が」

「狂わせたら悪ぃとか思っちまうの」


長ッ。
いやあこの会話が好きでついつい。
香月が超かっこよくないですか!あどっちが香月か分かんないか。宇宙行きたいって言ってる方ね。

c0055967_12444446.jpgはっきり言ってこの映画は決して成功していない。
ストーリーとしても、結局「だから?」つー話ではある。そういう意味で私は冒頭で「やおい(やまもおちもいみもない)」と言い表したんだ。けど。
しかしやはりところどころに「ああ此処好きー」てとこが…何でしょうねこれ愛嬌つーのかなあ。


あととにかく安藤政信(写真右)がかっこいいんだ。
それもほんとちょっとしたことなんだけどね。
以下ネタバレあり。いやな人はカッコ内を決して反転せぬように。


101.jpg例えば、刑務所に来た初日のシーンで 同じ日に入所した香月と有吉が裸になって身体検査を受けるシーンで、有吉は香月の背中に刺青が入っているのを見て驚く。何故ならその刺青は、有吉が育った村で「勇者」(写真左)と呼ばれていた男の背中に入っていたものと全く同じ図柄だったからだ。( しかし劇中で、この香月の刺青が消えたり現れたりする)ところから察するに、(この刺青は実際に香月の背中に彫られているものではなく、有吉が理想として持っている「男」性の象徴ではないかと私は思う)。
これ、私なりの解釈だから本気にしないでね。

その様子を見て香月は「なに恥ずかしがってんだ」と笑う。そして漸く脱ぎ始めた有吉の、シャツの裾を引っ張って
「脱がせてやろうか?」
とからかうんだけどこの
「脱がせてやろうか?」
が!!!!!
かっこいい…
全然興味なさそうで良い!

その他の見所は特に無いけど(!)
安藤政信がほんとかっこいいのでその点についてのみおすすめです。
あと主人公二人の子供時代を演じる子役が実に印象的。三池さんは子供を使うのが上手いなあ…

てことで記念すべき100本目は三池つながりで行こうと思います。待て次号。
高岡蒼甫が出ていたと聞いて「うそお」と思いつつ再見。
うえええ雪男かあ!全然気付かなかった!

幼なじみの九條と青木。カリスマ性を持った九條に憧れと劣等感を抱いていた青木は、九條が校内での権力争いに全く興味を持たない事を歯がゆく思っていた。そんな二人の関係が、ある些細な衝突をきっかけに破綻する。次の日、屋上でサボる九條が見たのは 後輩を従え、眉を剃り、髪を短く切った 別人のような青木だった。

原作は松本大洋の短編集「青い春」。この内、収録作の「しあわせなら手をたたこう」をベースに、「ピース」「鈴木さん」「夏でポン!」を混ぜて一つの物語としたのが映画「青い春」です。
ちなみに漫画「青い春」には「リボルバー」という名作が収録されているが、これは「もう一つの青い春」としてDVD化されている(ロードショーはされていない筈)。作品としては色々残念な出来なので、あまりオススメはしない。

んで「青い春」の方だけど。

松本大洋のヤンキー漫画にはいつも何かしらの閉塞感が付きまとう。部活や勉強にやりがいを見い出せない、或いは必死に打ち込んだものの結果を出せなかった学生の持つ、どうしようもない逃げ場の無さがまずある。そこに住む彼らは、もはや喧嘩さえしない。思えば「青い春」収録作の中で、不良的な喧嘩(学生同士の殴り合い)が描かれていた作品は一つもなかったかもしれない。「ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」ぐらいか。
で、この映画はそんな原作の空気を見事に再現している。
部活も勉強も喧嘩もせず、彼らは屋上で手を叩く「ベランダゲーム」で暇を潰す。

【ベランダゲームのルール】
1、屋上の手すりの外側に立ち、手すりを両手で握る
2、「いーち」という掛け声に合わせ、手を一回叩いてまた手すりを掴む
3、「にー」という掛け声に合わせ、手をニ回叩いてまた手すりを掴む
4、繰り返し

このゲームで新記録を出した者が学校の番を張る事になっている。で、九條は新記録となる八回をマークして見事番長になるのだが、彼自身はめんどくさそうであまり乗り気ではない。
その様子を傍で見ている青木は、何でだよ。と思ってる。
一方、雪男は族の仲間が幹部や先輩にへこへこしているのを冷めた目で見ている。
彼が自分に対しては居丈高に振る舞いながら、しゃがんで煙草を吸う様を立ったまま見下ろしている。
野球部の木村は甲子園に行くという夢に破れ、後輩の一年坊と部室で毎日麻雀をする日々を送っている。「麻雀ばっか強くてもな 野球で負けちゃしょうがねえよな。」


それらの、形を結ぶ寸前で長いこと燻っている火種とも言うべきものが 閉塞感に満ちた校舎のそこここに落ちている。それらは、側から見れば本当に何でもない事で ある日ぱちんと弾ける。

弾ける瞬間の疾走感と、弾けてしまった後の顛末を永久に持て余す少年達を、この映画はよく描いていると思う。将来のプランが見付けられず、今現在情熱を注ぐものも無い彼らが、後の事など全く考えていないが故の暴走、逃避でさえない奇行に走るその一瞬を そしてその一瞬に至るまでの、退屈で生ぬるい それなりに愛しい日々を丁寧に見せる。

役者で際立つのは青木を演じた新井浩文。彼は最近良く映画に出ているようで、「ノン子36歳(家事手伝い)」「ぐるりのこと。」「劔岳~点の記」などで見掛けた。特に「ぐるりのこと。」での快演が印象的。

それとやはり雪男を演じた高岡蒼甫(下写真)がインパクトとして大きい。ビジュアルが現在の彼とかなり違う(今より白くて華奢だ)上に眼鏡をかけているので、相当illな雰囲気が良く出ている。サナトリウムか刑務所が似合いそうだ。
演技が特別上手いという訳ではないが、雰囲気は出ている。

20051103021439.jpg

主人公の松田龍平も、いつも通り巧拙で語る事が無意味な「佇まい演技」で 世界観に溶け込んでいる。松田龍平は非常に作品を選ぶ役者だが、本作との相性はなかなか良い方だろう。

あと、もう一つ驚いたのは瑛太が出ていたこと。出番は少ないが印象的な役柄を演じている。クレジットを見たら「EITA」とアルファベット表記だった。そうかあ漢字になる前かあ…
その他にも、塚本高史や忍成修吾など、チラチラと今有名になった人達が出ていて楽しい。

本作は数多ある漫画原作映画の中で、また数多ある不良映画の中で、かなり上位に入るクオリティ。だと思う。
松本大洋が確立したドライな暴力描写、スナップ的に情景を切り取って見せる手法、そして鮮やかなクライマックス表現を見事に再現している。「しあわせなら手をたたこう」に関して言えば、映画のラストが原作のそれを凌駕したとさえ言えるだろう。

青春映画珠玉の名作。オススメ!




関連エントリ

8年後、そこには名前を漢字表記に改めた瑛太の姿が!
共犯者たちよ! 「ディア・ドクター」
4年後、そこには元気に包丁を棒切れに持ち替えた雪男の姿が!
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私この役者さんはほんっと絶対大物になると思うんだよ
2008年は邦画の当たり年 「ぐるりのこと。」
あっ よく考えたら九條と青木が再共演を果たしている。
ああこういう事だわなあ 「劔岳~点の記」
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