忍者ブログ
くしゃみしたらヘッドホンはずれた
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ジャック

家出をしたあなたが
マルセイユの街を

泣きそうになりながら
歩いていたとき

わたしがその
すぐ後を
歩いていたのを
知っていましたか?
 


これは高野文子『黄色い本』
についてのエントリですが
わたくし実は
高野作品に関しては
ずぶの素人です。
この語りつくされた
あまりにも有名な作品に
私なんぞが茶々を入れるのは
ちと恐れ多いのですが
まあ
ひよっこの言うことと思って
大目に見てくださんし。


 




 

 


私にとって 感動は常に
理由なき感動であって
その感動を言葉にしようとしても
いつもうまくいかないし
そもそも その必要が
あるのかどうかも未だに
私は分からないでいる。

感動とは 例えて言うならば
私と 私に感動を与えたその対象
(私にとって その殆どは
小説か 漫画か 音楽か 映画である)
との間に生じた秘密のようなものだ。
その感動を言葉にして
伝えようとすればするほど
秘密の関係を詳らかにしてしまう度に
感動そのものが消耗し、
磨り減ってしまうような気がして出し惜しむ。

気付くと もう7年にもなるが
オンラインに自分の考えについて
語る場を持ってから
ずっと私は 語るべき、語りたいことがらと
対峙する度にそら恐ろしい予感を覚えては
語ることをやめてしまったり
それでも挑戦し、極めて中途半端な駄文として
アップしてしまったり
少し考えた後 結局そのエントリを
消してしまったりしながら
ふらふらと彷徨を重ねてきたような気がする。

本当は身に沁みてわかってはいるのだが――それでも時折、自分の中で噴出しようとする何かがあり、文字として言葉として、無理やりに捻り出そうと 何とかして説明して、他の人に見てもらおう。分かってもらおうとしてしまうことがある。
でもそれでは駄目なんだと分かっている。
他者に語る事で 感動が完成され、
また再現される事は決して無い。
それは、対話だからである。
一対一の、傍聴者を
必要としない営みだからである。
メフィストフェレスと私の。
あるいはラスコーリニコフと私の。
あるいはジャックと実地子の。





メーゾン・ラフィットの小径では
菩提樹の陰から
祈るような思いでおふたりの
やりとりを聞いていました

スイスで再会したときは
わたしは何と声をかけて
良いのやらわからなかった

だってあなたは百ページ近くも
行方知れずで
やっと姿を現したと
思ったら わたしより
三歳も年上になっていたん
ですもの




これは、主人公の女子高生が
「チボー家の人々」を読み始め
そして読み終えるまでの中篇だ。
彼女は淡々とストイックに
全5巻という長さの小説を読み進める。
その間、彼女は誰にも得意げに
「本を読んでいる」などと吹聴をしない。
ただ一人でそっと 本の世界に潜り込み
時折友人や母や、まだ小さい従妹の干渉に
読書を邪魔されては ほのかに気を悪くする。
その、ただ本を読む日々に、
本を読みながら送る日々に、
我々はかつての自分たちを見出し、
ほんの少し懐かしく思う。

高野文子の『黄色い本』を
好きになるのは きっと
そういう類の人たちではないかと思う。
かつて実地子であった人たちは
この本の前を素通りできない。
そこには あの幸福な体験が
紙面上に再現されているからだ。
登場人物に寄り添って
時を過ごすように頁をめくった
本を読んでいない時でさえ
小説の世界に耽溺していられた
昔の自分によく似た少女が体験する読書を
読者として追体験できるからである。




いつも
いっしょでした

たいがいは


読んでない
ときでさえ

だけど
まもなく

お別れしなくては
なりません




高校卒業を目前にし
実地子は
慣れ親しんだ世界に
別れを告げる。
高校の図書館で借りた
「チボー家の人々」を
ついに読み終える。

この物悲しさを
我々は良く知っている。
このモノローグを読んだところで
あやうく涙腺が緩みそうになって
初めて私は、以前に
此処を読んだ時も 同じく
泣きそうな気持ちになったことを
思い出した。


実地子の父親は、家族の中で
唯一読書に理解のある身内だ。
物語のラスト、小説の主人公である
ジャックと実地子の対話の合間に
幼い実地子に父が向けた
さりげない言葉が挟まる。

「実ッコ

本はな ためになるぞう

本はな いっぺえ読め」


お父ちゃんの言う通り、
高野文子の言う通り、
読書は ストイックで、楽しくて
物悲しくて、そして結局
ためになるものなのだ。

にも関わらず
で、あるからこそ
この漫画を読み終えた人は
きっと誰もが本を
(とりわけ『チボー家の人々』を)
読みたくなるだろう。
もちろん私もご多分に漏れず。


何かを触発するような
起爆剤となるような
そういった力を持った創作物というのは
それだけで非常に優れていると思う。
そして間違いなく、この「黄色い本」は
そういったものである。
読んどけ読んどけ。
ためになるかは分かんないけど。







 
PR
COMMENT FORM
NAME
URL
MAIL
PASS
TITLE
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
TRACKBACK
TRACKBACK URL > 
カレンダー
01 2025/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28
ブログ内検索
参加しています
モバビス
最新CM
[05/14 Backlinks]
[11/15 かんりびと]
[11/13 ベアール]
[11/10 カンリニン]
[11/08 ベアール]
最新TB
心に本棚を作れ!
メルフォ
アクセス解析
バーコード
忍者ブログ [PR]
"うらもち" WROTE ALL ARTICLES.
PRODUCED BY SHINOBI.JP @ SAMURAI FACTORY INC.