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くしゃみしたらヘッドホンはずれた
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書こう書こうと思いながらかなり時間が経ってしまったけども、
立川談春の独演会に行って来た。
最近落語に凝っている兄が、チケットが取れたので行かないか、と家族を誘ったのだ。
いわく、なかなかチケットが取れない人気の噺家さんらしい。


落語には今までまったく興味が無く、知ってる落語家は皆テレビで顔を見たことのある人ばかり。
談春て誰?と聞いたら兄は一冊の本を差し出した。題名は「赤めだか」。

ああ!これ書いた人か!と一発で腑に落ちる。


「落語家の書いた『赤めだか』という本がそらもうえらい売れまくっているらしい」
という噂は前々から聞いていた。
ただ先述の通り、業界については全くもって疎いので、誰が書いたやらなんてことは全く知らなかったのだ。
「面白いのこれ」
「談志の凄さが分かるね」
兄は自信満々に言った。


どういった本かというと、まあ自伝だ。
自分が立川一門に入り、談志の門下生になって、それから噺家になるまでを淡々と書く。
「淡々と書く」と簡単に言ったけども、この淡々と、それでいて面白く書くというのがどんだけ難しい事か。

文体としては非常に飾り気の無い語り口である。
遊び心のあまり無い、と言うと何となく味気無さそうに聞こえるけど、そうではなくて
余計なものの削ぎ落とされた、洗練された文章だ。
噺家の書いた文章、というのがどういったものなのかは不勉強にしてよく知らないが、
少なくとも言えることはびっくりするほど読みやすいということ。
するすると頭に入ってくる。


ところで、話はその独演会に戻るんだけど。

今回披露されたのは
「粗忽の使者」
「愛宕山」
「たちきり」
の三つ。
印象に残ったのは断然「たちきり」である。
というのも、私はこの「たちきり」を聞いて、うっかりぼろぼろ泣いてしまったのだ。
何度も言うが落語に興味を持ったことは今まで一度も無い。
その演目も、名前と概要は聞いたことがあったものの、通して聞いたことは無い。
だからこれを書くにあたって調べて初めて、談春の披露した「たちきり」はスタンダードな「たちきり」とは少し違うのだという事を知った。

私が知っているのは談春の「たちきり」ただ一つなので、ここでは私の聞いたままを説明する。
落語の内容を語るのがネタバレになるのかどうかは知らないけど、とりあえず隠します。



 






かつてお茶屋には時計が無かったといわれる。
時計を見た瞬間、客達は我に返ってしまうから。
夢を見に来た男たちを我に返らせてはまずいので、
時計の代わりにお茶屋では線香で時間を測った。
女と客が部屋に入ると線香に火がつけられる。
その線香が燃え尽きるまでが、客が女を買った時間。
そこから、線香一本で飯を食う、いわばプロになった女を「一本立ち」と呼ぶようになった。



さて。
とある店屋の若旦那が、茶屋遊びに夢中になった。
とはいえ無口で奥手な若旦那。女を誘うのもままならない。
そんな御仁が茶屋に来て楽しいのかと思ったら、うまくしたもの。
女のほうにも、若旦那と同じように無口で初心なのが一人いた。
小糸という名の若い芸者である。
二人はたちまち互いを想い合うようになり、若旦那はますます夢中になって茶屋へ足を運んだ。
それを憂えた身内の者が、ちょいと若旦那の目を覚まさせようと彼を蔵に閉じ込める。
百日も入っていれば、さすがに目も覚めるだろうという事だった。

しかし五十日もすると、両親は気を揉み始める。
いくら何でも百日は長すぎやしないだろうか。
冷たい蔵の中で体を悪くしてやいないか。
もう五十日も経ったんだ。五十も百も変わりやしない。
きっとあの子も反省をしているだろうから、もう出してやっちゃどうだろう。
そう訴える母親に、店の番頭は首を振った。
おかみさん、五十日じゃいけないんです。百日きっかり待たなければ。

番頭の言葉に、母親は逆上した。

あんた、意趣返しのつもりだろう。そうだろう。以前あんたが若い時に、一人芸者を連れてきて、その子と所帯を持ちたいと言った時に、あたしと夫は反対をした。そのせいであんたはその娘と結婚できなかった。あんたはその事を根に持って、息子に仕返しをしてるんだ。

そう叫ぶ母親を父親は制して下がらせる。
それから息を吐いて、番頭に言った。
あれも年だからね、息子がかわいくてしょうがないんだよ。

そして父親の口から、長いこと子を授からなかった夫婦は、身寄りの無い番頭を跡取りにするつもりで育てたことが語られる。番頭も夫婦もそのつもりでいたところに、図らずも夫婦は男の子を授かった。
子が出来た以上跡取りにせねばなるまい。番頭には悪いことになった。かつては跡取りにするつもりだったため、芸者との結婚には強く反対をした。本当に気の毒をしたし申し訳なかったが、今回、実子が添い遂げたいと言っている芸者との結婚を 父親は許してやりたいのだとそう告げた。

番頭は全てを静かに聞いた上で、懐から紙束を取り出した。

旦那様、これは手紙です。若旦那を蔵に閉じ込めてより、一日も途切れずに、毎日毎日 あの芸者から届くのです。どうせ十日も経てば来なくなるだろうと思っていました。十日経ってもまだ届きます。二十日経てばやむだろうと思っていました。二十日経ってもやみません。三十日、四十日、手紙は途切れずに届き続けました。
そして五十日経った今でも。
…旦那様。この手紙がもしも、若旦那が蔵から出てくる百日目まで続くようでしたら、あの二人の仲を許してやって下さい。私は、こう旦那様にお願いするつもりでおりました。芸者と店屋の若旦那。身分違いもはなはだしい、風当たりも強いでしょう。しかしもしも、百日続く想いならきっと大丈夫です。…旦那様。私はね、続くような気がするんですよ。
――主人は、番頭の言葉に深く頷いた。

そして百日が過ぎた日の朝。蔵の扉が開かれた。
若旦那は急いて扉をくぐると、そこに立っていた番頭にもどかしそうに告げた。
百日の間色々考えたし頭も冷やした。だけどやっぱりあたしはあの女が好きなんだ。小糸に会いたい。会わせておくれ。
そんな若旦那に、番頭は悲しげに首を振る。

蔵に入って最初の方はひっきりなしにあの芸者から手紙が来ておりましたが、日が過ぎるにつれ手紙は減り、やがて八十日目、この手紙を最後にぱったりと来なくなりました。ああいう仕事の女だから、金が落ちてこないと知るや踵を返したのでしょう。

その手紙には薄墨でただ「一目」とだけ書いてある。

残念です。若旦那、百日目までこの手紙が続くと 私は信じていたかった。

番頭のそんな声にも若旦那は食い下がらない。
小糸の気持ちは自分が実際に会って確かめる。
そう言って若旦那は蔵を飛び出し、置屋に向かった。


舞台は変わり、小糸が住んでいる置屋。
小糸の母親である女主人がぼんやりと茶の間に座っているところに、若旦那がやって来る。
「お通しして」と芸者に告げた女主人は、頭を下げて若旦那を出迎えた。
小糸はどこだと言う声に、左手の袂を指で押さえて すと仏壇を示す。
小糸はね こちらですよ若旦那。
悪い冗談はよしとくれよ、おかみさん。
いいえ、冗談じゃあありませんや。
小糸は亡くなりました。
何で、どうして、どうして死ぬんだ。
どうしてって、この子は自分で死んだんです。
嘘だ。小糸が自分から死ぬわけないよ。
じゃあ、若旦那。あんたが殺したんですよ。


そして、女主人の口から小糸の百日間が語られる。

若旦那が蔵に入れられたその日は、彼が小糸をお芝居に連れて行くと約束した日であった。
前日から髪をきちんと結い上げた小糸を見て、母親は呆れた顔で聞く。
あんたこんな時分から髪を結ってどうするの。眠ったら乱れるでしょうに。
ううん、お母さん あたし寝ないの。このまま若旦那がお迎えにあがるまで起きて待ってる。
馬鹿言ってんじゃないよ、寝ないで芝居になんぞ行ったら途中で居眠りするじゃあないか。
隣で船こぐあんたを見たら、若旦那気を悪くするよ。
心配いらないの、お母さん あたし若旦那が隣にいるだけでどきどきして、とても居眠りなんか出来ないわ。
だから今日はこのまま起きてる。

そんなこと言うもんだから、しようがないじゃないですか。あの子が起きてる隣で、あたしだけぐうぐう寝るわけにも行かないし。…だから、まあ 起きてましたよ。あの子に付き合って、着物やら帯やら選んでやって。

しかし次の日、若旦那はいつまで経っても迎えには来ない。
約束の時間を過ぎても小糸はじっと眠らずに待っていたが、
とうとう午後になるとふらりと立ち上がり部屋に引っ込んで、それから夜になるまで一歩も出てこず、夜中も声を殺して泣き続けた。

その次の日、小糸は母親の前に手をついて頭を下げて、
どうぞ若旦那に手紙を書かせてください。
そう頼み込んだ。
芸者の女は日陰者。相手は店屋の若旦那。
芸者から手紙なんぞ届いたら、さぞ肩身が狭かろう。
ご法度中のご法度だが、母親はむげには出来ない。
娘があんまり気の毒だったから、他にやりようもなくそれを許す。
店に言って若旦那の所在を聞くと、旅に出ていつ戻るか知れないと返されたので、
母親は安堵してそのことを娘に告げた。
ほら御覧、若旦那は旅行に出たんだって。
もう暫くすりゃ旅先から便りが来ようさ。
それをあんたは一日会えなかったくらいでめそめそ泣き通して、
思いつめて、みっともない。
あんたは若旦那を信じてさえすりゃ良いの。
あの人だってそうそうあんたをほっときはすまい。

しかし、待てど暮らせど旅先からの便りは来なかった。
来る日も来る日も、小糸は手紙をしたためた。
その様子を見て他の芸者達も手紙を書いた。
女主人はそれを止めはしなかった。

ろくに食事をしないせいで、小糸はひどくやつれはじめ、
体は日に日に弱っていった。
文を書くのにも時間がかかるようになり、
あれだけともに文を書いていた者たちもやがて一人減り二人減り、
それでも小糸は床に臥しながらも書き続けた。


八十日目。起き上がる事も出来なくなった小糸のもとに三味線が届く。
それは若旦那が小糸のために作らせた特注の三味線だった。
ほら小糸ちゃん、あんたのために若旦那が作ってくれた三味線が届いたよ。
これはね、若旦那がまだあんたのことを好いてくれてる証拠だよ。
だからもうちょっと頑張ってよ。きっと若旦那はあんたを迎えにきてくれる。
せっかく三味線が届いたんじゃないか、しっかりご飯を食べて元気をつけて、
若旦那がお見えになったらこれを弾いて、聞かせてあげなさい。
そう枕元で励ます母親に、小糸は薄く笑って顔を寄せる。

「弾きたい」

そう、か細い声でねだる小糸を起こしてやり、三味線を持たせてやる。
ばちで一度、べん。と弦を震わせたきり、小糸はかくんと項垂れた。
既に事切れた後であった。

全てを聞いた後、若旦那は涙を流して女主人に申し開きをした。
済まなかった。本当に済まないことをした。小糸がそんな風になっていたなんて、ついぞ知りやしなかった。
家の者に百日間蔵に閉じ込められていて、手紙も何も書けやしなかったんだ。
それを聞いて女主人は笑い、そんなこったろうと思ってましたよ。と頷いた。
あの子だって、そんな思いつめるこたなかったんです。
ただ若旦那を信じていれば良いだけだったのに。
あの子には何でそれが出来なかったんでしょうかねえ。
あたしはそれが悔しくてたまらない。

そう言って女主人は若旦那に酒を勧める。
やめとくれよ、酒なんて飲む気分じゃない。
そう嘆く若旦那に女主人は笑った。
若旦那の唇を濡らしもせず帰したんじゃ、ここいらの笑いものになっちまいます。
お一つやってください。後生だから。
それを聞いて、ようやく若旦那は盃を受け取った。

暫し飲んでいると、ふいと三味線の音が聞こえ始める。
音源を探してみれば、仏壇の傍らに立て掛けた小糸の三味線である。
小糸も若旦那が来てくれて嬉しいんでしょう。
女主人はそう言って涙を拭った。
若旦那は仏壇に語りかける。
芝居の後、桜を見て帰る約束だった。
約束を果たせずに済まないことをしたね。
しかし来年も再来年も、きっと一緒に桜を見よう。
あたしには生涯、女は小糸一人だ。
誰とも所帯は持つまい。

女主人は首を振る。
いいえ若旦那。今日ここを出たら、それでさっぱり、小糸のことは忘れてください。
人間はね、良いことも悪いことも忘れるいきものです。
だからこそ生きていけるんです。
小糸のことは、あたしがずっと忘れずに生きていく。
若旦那はまだお若いんだから、忘れなければいけません。

そこで、ふと三味線の音がやんだ。

おかみさん、どうしたんだろう。
三味線がやんじまった。
小糸はどっか行っちまったんだろうか。
若旦那の声に女主人は立ち上がり、
どうしたんでしょうね。といいながら仏壇を覗き込むと、
何かを合点したように笑って言った。


若旦那。この子はもう三味線を弾きませんよ。

何でだい。

線香が尽きました。たちきりでございます。





++++++++++++++++++++;



いやあ、参った。
話もうっすら知っていたし、
オチは聞いてる途中で分かっていたのに。
何より落語ってのは聞いてて笑うもんだとばかり思っていた。
ふたを開けてみれば、女主人の独白あたりから涙が止まらなかった。


本来の「たちきり」では番頭の人となりや発想についての言及はほとんど無いらしい。
談春オリジナル、だそうで、そう考えるともはや噺家は小説家、というか、シナリオライターのようなものでもあるのだなあ。と思えてくる。
シナリオライターの書いた本が面白かろうと、別に驚くことじゃない。
なるほどなあ。と合点が行った。


その後家に帰るまでに、「赤めだか」はすっかり読み終えてしまった。

 

もちろん「赤めだか」もお勧めなんだけど、何よりやっぱり落語を聞いてほしいと思う。
つっても私もこれ以降落語を聞いちゃいないので、誰かに勧めるような立場ではないんだけど。
興味があったら是非聞いてみてください。
オチを知ってようが何だろうが、そんなことは何の問題にもならないと思うから。

 

しかし今日のエントリの長さは何だ。
調子に乗って全て書いてしまいました。
読んでくれた人、お疲れ様でした。
すまんねえ。

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